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明治初期、この地に湧出するガス泉は良泉なりと評判がたち、
他の県から旅人が来遊したと伝えられています。
明治10年これを耳にした旧会津藩士が、この炭酸水(=ガス泉)を
白磁(純白の磁器)のビンにつめ「太陽水」と命名して、
売り広められたのが、「aWa心水」のはじまりです。 |
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その後明治36年、日本の飲料の父・倉島謙により会社が創立。
ヨーロッパ最大の天然炭酸鉱泉会社とも提携し、その後ドイツ人技師を招聘し、工場を建設。
本格的なビン詰め製品として輸出を開始しました。 |
明治38年「芸者印タンサン・ミネラル・ウォーター」として
ドイツ、イギリスといったヨーロッパ諸国に輸出を
果たしました。
日本国内でも「万歳炭酸水」の商標で銀座に直営店を設け、
各国大公使館や宮内省をはじめとした、上流社会に
歓迎されるまでに至りました。(金山町史より)
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しかし、問題は輸送でした。山また山の悪路18里(72Km)での搬出は困難を極め、
予想外の経費を要し休業することを余儀なくされました。
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こうして、奥会津の宝ともいえる良質の炭酸水は、
100年近い眠りにつきました。
しかし、平成16年、あらたなボトリング技術や
輸送方法の改善から、今また皆様のお手元に
「aWa心水」としてお届けできるようになったのです。 |
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